とても有能ではあるが俗っぽい価値観を持つ、新聞の人気コラムニスト。 その境遇を背景に心を病み、世俗を拒絶した生き方をする孤高の天才音楽家。この2人の友情、音楽という芸術、二つの無形を映像によって表現しようとした作品だと思う。
全編にちりばめられた、ベートーヴェン作品の音楽に重なる映像は、合衆国第2の大都会LAを映したものとは思えない透明感と神々しさに満ちている。
また、クラシック音楽とはおよそ対極にあるような、トンネル内に響き渡る自動車の騒音や、街の雑沓が生み出す音と音楽を重ねて見せたセンスも素晴らしい。
ハイライトは、ナサニエルが「英雄」のリハーサルを前に見せる恍惚の表情に迫るカメラと、サイケとも受け止められる映像表現だ。作品中『恩寵』と表現された、才に恵まれた者のみが理解できる、深い芸術性を表現しようと試みた意欲が伺える。
もう一つの無形。 人としての純粋な友情の下に、職業文筆家として、ホームレス天才音楽家のサクセスストーリーを演出するという計算が透けて見えるス
ティーブの言動。その友情に感謝しつつも、敷かれた社会復帰へのレールを拒否するナサニエル。彼の反応を通し、人の心の間にある距離感の微妙さを見せてく
れる。
「THE
SOLOIST」という、定冠詞のついた原題にも天才音楽家の孤高と、世俗に縛られない自由な心の内を表わしているのかも知れない。 また、スティーブの
行動に対し、同じジャーナリストでもある元妻が、酒に酔って辛辣な皮肉をぶつけるシーンは、アメリカ映画らしいところだ。
実話を元に、超大国の大都会にある病巣をもあぶり出しながら、過剰なドラマチックさを控えたジョー・ライト監督の演出と、主役2人の迫真演技が素晴らしい。
09/6/10 シャンテシネにて
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