第二次大戦中、ホロコースト下のナチスをモチーフにした映画というと、高圧で残虐なナチスドイツに対して、謂われ無き理不尽な犠牲者であるところの ユダヤ人というのがテーマとして多くが作られているのは周知の通りだが、本作はそんな刷り込みを覆される作品だ。スリリングでウィットに富み、時に笑いさ えも誘う、上質の痛快エンタテインメントだった。
第二次大戦下のオーストリア・ウィーンで画商を営む裕福なユダヤ人カウフマン家。そこの跡 取り息ヴィクトルと、カウフマン家に長く使えた使用人スメカルの息子ルディ、幼なじみで親友だったこの二人が、戦争とナチスのユダヤ迫害を背景に、それぞ れの立場が変わってくることが話の幹になっている。
カウフマン家には国宝級の価値を持つであろう、ミケランジェロの素描画が所蔵されて いた。気心の知れたルディに、酔った勢いも手伝ってそのありかを教えてしまうヴィクトル。その直後、ルディはあろうことかナチの親衛隊に入隊してしまうの だ。そして自分の手柄にするため、噂を聞きつけたSSを通じて、ヒトラーに献上しようと画策し上官に通報してしまう。絵は没収され、哀れカウフマン家はち りぢりになって収容所送りに。しかし、同盟国イタリアの独裁者ムッソリーニ来独に際し、貢ぎ品にされるはずの名画は、実はヴィクトルの父ジェイコブが密か に贋作とすり替えていたのだ。面子をつぶされたSSは、怒り狂いルディに本物の奪取を命じ、絵のありかを聞き出すためヴィクトルは収容所から出される。そ してここから二転三転のドラマが展開し、俄然面白くなってくる。名画のありかを知っているのは収容所で死んだ父のみ。しかしヴィクトルは父の残した謎の遺 言を頼りに、絵のありかを探りつつ、起死回生を企てる。その後、絵を入手するためと称してチューリッヒに向かう二人が乗った輸送機はパルチザンによって撃 墜されてしまい、どうにか助かった二人だが、ここでヴィクトルは機転を働かせ、ルディから制服を騙し取り、自分がSS隊員に成りすまし入れ変わってしまう のだ。俺が本物の伍長だと騒ぐルディだが後の祭り、さあ絵と二人の行方は?。
幼なじみで家族のように付き合い、共に若き日をすごした青年二 人が、その立場の差を超えて親友であったと思っていたのは、実は幻想だったいう冷たい現実。少なくともルディの心には二人の間に厳然とあった、彼にしか見 えない溝があったのだろう。それがナチの台頭により立場が逆転する。SSの制服という「虎の衣」を纏ったことで、ずっと隠してきた、あるいはコンプレック スともいえる感情を解き放つチャンスを得るわけだ。ルディの野望ともいえるこの考えが、このおもしろ悲しい物語の発端だ。
冒頭、ヴィクトル の画廊にルディが久しぶりに戻り再会を喜ぶ二人、そこに悪ガキどもが現れガラスにユダヤを表す六芒星をいたずら書きする。怒った二人とガキどもは喧嘩にな り、二人は留置されてしまう。父ジェイコブの力で間もなく自由になる二人、カウフマン家の力を表すエピソードではあるが、ナチ化したウィーンの状況を説明 するシークエンスとしてはどうなの?とちょっとした違和感を感じていた。しかし後で思い返すと、ここが物語全体に共通する、人が下す他者への価値判断の硬 直を暗示する導入としているのではという気がしてきた。マークを付けることで、その人物をグループ分けしようとする。衣服が変わるだけで、どのような地位 や組織に属するか第三者には見分けが付かなくなる。本人が語る言葉より状況証拠が優先される。つまり、個人のアイデンティティへの評価や判断などは、その 人が身につけているものや、それまでに抱いていた先入観、他者の評価などによって左右されて形づくられ、ほとんどの人の目には公正な判断など付くはずも無 いものなのに、自分の意思や正しい基準として無意識に行ってしまう。うまいたとえが見つからないが「裸の王様」「馬子にも衣装」でどうだろう?人の目のい い加減さ、愚かさへの警告としても興味深い。
それを逆手に取った行動で窮地を逆転していくヴィクトルなのだが、ストーリーの鍵になる400年の歴史を経たミケランジェロの名画とて同じで、専門の鑑定家以外はだれもその真偽が解らないから、贋作を本物と信じて、こわもてSSの幹部がさかんに有り難がって見せるのも滑稽であり、作り手のナイスセンスと思う。
二 転三転四転五転、はらはらさせられるシーンは途切れることなく、最後までスクリーンに釘付けされ退屈とは無縁。サスペンスとしても一流と思うし、時折入っ てくるコミカルな演出もナチものとしては異色。人物の描写も細かい部分でウィットに富む、エンディングの余韻も超上質、満足度高いエンタティンメント作品 として高得点を差し上げたい。以前見た、似たようなテイストの作品があったなぁと記憶を辿ってみたら、同じ第二次大戦中のドイツをテーマにした「ヒトラー の贋札」があった。なるほど、どちらもナチス=残虐非道というイメージとは一線を画すと言う点で近いと思っていたら、同じ製作スタッフとのこと。大いに納 得。唯一惜しまれるのが邦題、ご覧になってその「どうなの?」感を実感していただきたいが 作品のクオリティとしては現時点で下半期マイベスト3には入れ たい良作だ。
コメント