久しぶりに映画の感想文など。地味ながらとても暖かい作風の佳作です。父親役のクリストファー・プラマーがアカデミー助演男優賞を獲得した作品ですね。古典的名作「サウンド・オブ・ミュージック」のトラップ大佐役で有名です。
鑑賞した映画作品を好きになるかどうかという基準はどうやって決まるのだろう。劇場のシートに座りながらぐいぐい引き込まれるようなものは当然とす れば、あとで反芻し、自分の価値判断や趣味に照らして、作品の出来映え評価や好みとのマッチングなどをしながら、心の中のライブラリーのどこにしまうかを 考えるという手順を経るのものもあるかもしれない。 映画を沢山見ている方には、良い作品だと思うけどキライとか、逆に駄作だけどスキというひねられた感 情が交ざることもあるが、大概は「楽しめた」イコール「スキ」という評価が下されることが多いのではないだろうか。
マルチなクリエーター、マイク・ミルズ監 督が、自身と父との体験を基に映画化したという私小説的なこの作品を、私はとても気に入っている。かなり好きな・と表しても良いかもしれない。しかし、そ れはストーリーの進行と共に沸き上がってきた気持ちというより、見終えた後に少し時間をおいてから気づくという感じ、ほのかなユーモアが漂い、全体にとて も柔らかく作られ、暖かみに満ちあふれた作風は、じわじわっと心に浸みてくるサプリメントのような印象だった。
主人公のオリヴァー(ユア ン・マクレガー)は母の死後、高齢の父ハル(クリストファー・プラマー)から自分がゲイであることを告げられる。過去に結婚に失敗し、内向きな性格も手 伝って、暗めの人生を送っていたオリヴァーにとっては晴天の霹靂だが、そんな息子のとまどいをよそに、既に病に犯され、余命が短いことを知りながら、残っ た人生を謳歌していく父親。母親の生前抱いていた頃の印象とはまったく違う人生に踏み出す父の姿に影響を受け、自分の殻を破ろうと踏み出す彼に、厳しくも 訪れた父との別れ、再び落ち込みがちな彼の前に現れたのは、風変わりな美女アナ(メラニー・ロラン)、一種似た者同士の二人はすぐに距離を縮める が・・・。
何と言っても、主な登場人物三人の演技者プラス犬のアーサーが素晴らしい。 クリストファー・プラマーは、自身の余命を知りながら、新しい生き方に突き進むチャーミングな老人を見事に演じ、ユアン・マクレガーは、人生に悩みなが ら、父の最期を共に歩み、死後再び心を閉ざす息子を好演し、メラニー・ロランが演じる、そんな悩める恋人に寄り添う不思議な魅力を持つ女性像はとてもエキゾチックで魅力的だ。 そして、オリヴァーが引き取った父の飼い犬、愛くるしいテリアのアーサーが時折投げかけてくる(人の言葉で!)シニカルなフレーズのセンスは抜群!
作 品全体は短めカットにより組み立てられ、時系列を行き来し、まるで主人公の記憶の断片を見ているような作りだ。現在進行中のアナとの関係、そこには息子に 対して送られるアドバイスのように、父の生前の記憶が挟まる。やがて、父の死期が迫るのと対照的に、息子には喪失感から解放され、新たな一歩を踏み出す時 がやってくるという、それは緻密に計算された見事な構成でありながら、プライベートビデオを見るような感覚にも近く、登場人物と私達観客の距離は、知らず のうちに無くなり、彼の友人の一人のような目線になっていることに気づく。
生きることは常に未知のテーマに向き合うこと、たまにはその前 で途方に暮れたり、考え込んでしまうこともあるのが人間だとしたら、この物語から最後にプレゼントされるワンフレーズを思い出して見るのも悪くない。きっ とそんなとき、人生の初心者へちょっとの手助けをくれたり、背中を押してくれる人は誰の周りにも必ずいるはずだから。
2012/2/9 チネチッタ川崎にて
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