おはようございます。手焼きせんべい風林堂 酒井浩です。 9月も半ばを過ぎたのにまだ真夏日が続く相模原です。先が見えているとはいえ、ちょっとうんざり気味ですね。
久しく更新していなかった映画の感想文を載せてみます。2週間ほど前に見た、中年オヤジが主役のいい話です。
自分と同じ年頃のおっさんを、20代後半の映画監督がどのように描くのか、興味を持って望んだ。 前作では、その独特の世界で私達を魅了してくれた新鋭監督が新たに届けてくれたのは、年頃の子供を持つ中年「男やもめ」の奮闘と、家族のつながりをテーマにし た心暖まる作品だった。
北関東の小都市に住む、主人公「宮田淳一」は、若くして妻を亡くし、男手一つで子供を育てて来た。浪人中の長男 と、高三の長女は、共に間もなく大学受験を控えている。特技も学歴もない宮田は、トラック運転手として地味な会社勤めをしている。さしたる趣味もなく、ス トレスのはけ口は中学生からの友「真田」と汲み交わす日々の酒。 が、ある時から自分はガンで余命いくばくもないと思い悩みだす。自分に残された時間の中 で子供達との想い出を作りたいと願い、真田に病のことを告げ、後のことを託そうとするのだが・・・。
出だしの描写はとても痛い。母親のいない家庭 は、こうもぎくしゃくするのか?すべてに不器用な宮田が、本来なら最も安らげる筈の場所である家庭で、子供との距離感を計りかね、最低限の会話さえできな い。子供達は父と目線さえ交わさない。思春期の子供がいる家庭には共通の現象かもしれないが、間に入ってクッションの役割を担ってくれるはずの母親が不在であることがこんなにも重苦しい空気を生むのかと再確認。石井監督、平成日本の父親像を非常によく理解しているぞと期待が高まる。
宮田は、通勤の自分自身に鞭を入れ自転車を走らせる。妻が先立ち寂しいはずなのにそんな素振りは見せない。子供二人を私大に生かせる金などないのに、心配するなと強がる。唯一弱みを見せられる旧友真田の 「奥さん死んで大変だよな?な?」という問いに「五十男が大変なのは当たり前だ」とうそぶく。これが彼の貫こうとする父親像なのだ。男は弱音をはかない、 男は見栄を張る、男は陰ながら思いやる・・・のである。が、自分不治の病に冒されたと思いこんだ宮田が望んだのは、子供達と共有できる楽しい思いで作りだっ た。息子と同じ携帯ゲーム機を買い、娘とプリクラ写真を撮りに行きたい・・・。 突然子供に歩み寄ろうとした父親は、案の定思いっきり外してしま う。
こういう父の姿を目の当たりにすることで、もう一方の当事者子供達はと言うと、これが相変わらず素っ気ない。もう少しオヤジの気持ちを 解ってやれよと説教のひとつもくれてやりたくなった頃、いつしか、初めの冷淡な態度から抱く、食えない若者達という印象が次第に変化してくる。それは息子 「俊也」が真田に語る言葉で遂にはっきりするのだが「わかっています!なめないでもらっていいですか!?」 兄は妹の進路を案じ陰ながら面倒をみていた。 それどころか父の稼ぎを解っていて、自分たちの東京での暮らしのため生活費を貯めていた。不器用でかっこわるいが、懸命に生きる父親を本当は愛していて、 それを旨く伝えられない自分たちにももどかしさを持っていたのだ。
こうして、ほぐれだした親子の心のもつれは、少しだけぎくしゃくした感じ を残したまま、子供達は旅立ちの時を迎える。 父はダンディズムという鎧から、少しだけこぼれ出た弱さを見せ、子供達はその弱さから見えてきた父の本心を知ることで、立ち止まったまま詰められずにいたお互いの距離が近づ いたことを知る。このように全編に流れる、気づかないうちにずれてしまっていた親子の思い、どこの家庭にも起こりうるすれ違いの風景は、子を持つ親になら 強い共感を持って受け入れられることだろう。
石井作品に共通のエッセンスは、その鋭い観察眼によって描かれる、普通に生真面目な日本人が醸すそこはかとないおかしさだ。本人が一生懸命なのに、時として他者の目にはそれが滑稽に写ることをよく解っていて、それを笑いにつなげていく。大爆笑に包 まれるというより、場内にはいつも「クスリ」という笑いが漏れる。しか し、その笑いの質は、嘲笑ではなく共感から来る苦笑であり、暖かさを孕んでいるところに作り手の愛情を感じるのだ。
加えて今作は、家族との繋がりや男の生き方という、ややもすると随所に感涙をさそう作品になりがちのところ、独特の寸止め演出にまんまとはまって、ぐっと来る直前に何度も止められる。そうしておいて、最後の最後にほろりとさせられるから客はたまらない。
スクリーンでいつも主役を張る大物俳優ではないキャスティングも作品のテーマにベストマッチ、格好悪くても一生懸命に生きる男達への応援歌のようだ。地上の星々には、明るく輝く一等星もあれば、気をつけて見なければ存在さえ気づかない5等星もあるだろう。 でも、それだって自分なりの場所で一生懸命光ろうと努力しているんだ なぁ~なんて、あの男を泣かす名番組のナレーションを担当した「真田」の声を聞きながら、最後に思ったりしたのだ。
川崎市アートシアター アルテリオ映像館
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