突然の脳障害で「ロックイン・シンドローム」(閉じ込め症候群)におかれた主人公の、実話にもとづく作品です。ただし、この症状、脳は正常に働いているのですが、身体が麻痺して動く事もしゃべる事もできません。 唯一のコミュニケーション手段、それは左目のまばたき・・という驚くべき状況で書かれた本が原作となっています。
長い昏睡から目覚めた主人公「ジャン=ドー」の“目線”で物語は始まりますが、異様な光景が、彼の置かれた現実を次第に見るものに明らかにして行きます。 この特殊な状況の中、彼はサーポートしてくれる人々の助けにより、意外な方法でその意思を伝えることを試み始めます・・。
人の尊厳を問うた格調高い感動作といった作品かに思えますが、意外ににそうではありませんでした。 前半は、言葉を発せないジャン=ドーの心の声と目線での映像で描かれますが、その言葉には、このような状況での心情とは思えぬユーモアが漂い、彼の人となりが推し量られます。
そして、まるで重たい潜水服を着せられ深い海の底に一人取り残されたような状況にあっても、「想像力と記憶で僕は、蝶が自由に舞うように、自分をどこにでも連れて行ける」思いを抱いた彼のイマジネーションが映像化されるシーンは、時に美しく、時にエロチックに、時に暖かく表現され、作り手の素晴らしいセンスを感じます。
後半になって、カメラは"普通"のポジションに移り、ジャン=ドーの姿を初めて見ることになります。 大きく開かれてきょろきょろと良く動く左目、そして、それと対照的な無表情、病に倒れる前の人生を謳歌する元気な彼も。 前半の、どちらかと言えば観念的な映像から一変して、現実と過去との落差を直視させられます。 その哀れを誘う姿が、見る者の心を痛めることも確かにあります。 しかし、別れた元妻や子供達、息子の不幸を悲しむ年老いた父親、彼の"口述"を記録する女性編集者、メディカルスタッフ、そして現在の恋人など取り巻く人々との接点の描写が、彼の人間くさい普通の人ぶりをよく表していて、特別ではなく、身近に感じるのことができる作りになっているのです。
身体の自由を奪われたジャン=ドーの服が、病人のそれとはまったく違い、いつもしゃれたいでたちなのにも、ココロをくすぐられます。
美しい映像、そこはかとない愛と希望が漂う大人の鑑賞に堪える素敵な出来だと思います。
オマケ:フランスの充実した医療システムを目の当たりにし、マイケル・ムーアの「シッコ」を思い出しました(笑)
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